最高裁判所第三小法廷 昭和32年(あ)2599号 判決 1961年3月07日
主文
原判決を破棄する。
本件を高松高等裁判所に差し戻す。
理由
被告人本人の上告趣意は単なる法令違反及び事実誤認の主張をいでず、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
職権をもって調査するに、第一審裁判所は、被告人は法定の除外事由がないのに昭和二九年一二月頃から同三一年九月一九日までの間その居宅において刃渡七五センチメートルの刀(指揮刀)一振を所持していたものである旨の事実を認定し、被告人の右所為は銃砲刀剣類等所持取締令(昭和二五年政令第三三四号)二条一項、二六条一号に該当するものとして被告人を有罪とし、原審裁判所は、本件指揮刀は同令にいう刀に該当しない旨の弁護人控訴趣意に対し、本件指揮刀は旧陸軍の使用した指揮刀で刃はつけていないが、刀身七五センチメートル、その切先は鋭利にして容易に他人を殺傷しうる危険性のある一種の武器と認められ、単なる指揮棒とは同視できないので、同令の立法趣旨からみても同令一条にいわゆる刀剣にあたるものというべきであるとして、第一審判決を支持したのである。
しかしながら、同令一条にいう「刀剣類」とは、社会通念上「刀」「剣」「やり」及び「なぎなた」並びに「あいくち」及び「飛出しナイフ」のそれぞれの類型にあてはまる形態・実質をそなえる刃物を指称するものと解すべきである(昭和三一年四月一〇日第三小法廷判決、集一〇巻四号五二〇頁参照)。従って、たとえ「刀」の形態をそなえ、刃渡にあたる部分が一五センチメートル以上あり、切先が鋭利で容易に人を殺傷しうる危険性のある物件であっても、「刀」としての実質(即ち、鋼質性の材料をもって製作された刃物又は或る程度の加工により刃物となりうるものであること)をそなえない物件は、同令にいう「刀剣類」にあたるものということはできない。
ところで本件指揮刀をみるに、それは原判示の如く、旧陸軍の使用した指揮刀であって、「刀」の形態をそなえ、刃渡にあたる部分は七五センチメートルあり、切先は鋭利で容易に人を殺傷しうる危険性のある物件であるが、「刀」としての実質をそなえているかどうか、即ちそれは如何なる材料をもって製作されたものであるか、又現在刃はつけられていないとしても、どの程度の加工により刃物となりうるものであるかどうかの点は本件事実審理の結果によって明らかにされていないのであるから、原審裁判所はすべからくこの点を明らかにした上で本件指揮刀が同令一条にいう「刀剣類」にあたるかどうかを判断すべきであったのに、事ここに出でず単にその形態と切先による殺傷の危険性のみにより漫然これを右「刀剣類」にあたるものと判断し、これを所持した被告人の所為を同令違反の罪に問擬した第一審判決を支持したのは、法令の解釈適用を誤り、ひいては審理不尽による理由不備の違法を犯したものというべく、原判決は刑訴四一一条一号により破棄を免れない。
よって同四一三条本文により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島 保 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)